[NAO活動日誌]
2010年元旦よりシステム変更に伴い「活動日誌」がリニューアルいたしました。
 昨年までの日誌は画面下の「過去の日誌」でリンクされております。
 今日から平成21年度決算審査特別委員会2010.9.14
 昨日の議案質問の再質問で、現状説明とそれに至る経緯を執行部に尋ねようとしたら、議長に止められました。これまでは、議員提出の議案に対する質疑の答弁者は議案提出者の議員だけです。
 今朝早く起きて、要望書を書きました。議長に出すか、議会運営委員長に出すか、まだわかりません。とにかくおかしいと思ったら行動します。
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       様
要望書
宇部市議会議員 猶克実

 議員提出の議案の場合、その議案質問に対する答弁者は、議案提出者の議員となりますが、条例制定議案を審議するのに、現在の状況及び現状に至るまでの経緯(現状説明)などを知ることは、議案審議においてはとても重要なことです。特に委員会で審査される中でもそれが重要になります。
 担当委員会に所属しないものが多くいる本会議での議案の審議には、議員全員が現状説明に対し共通の答弁を聞いて判断することが重要です。個別に執行部に質問することは望ましくありません。
 規則では議員提出の議案についての答弁者は提出した議員となっていても、提案者の議員に正しい現状認識があるのかどうかを正すことが質問の目的ではないので、それについては執行部が現状について正しく説明することが、本会議に出席の全議員が共通の認識を持つためには重要であると思います。
 議会の中で正しく審議することが重要であり、執行部が議場に説明員としても同席しているのなら、新しく制定を望む議案についての説明は議案提出者であるとしても、その条例が制定される前の現状説明は執行部が答弁できるように規則の改善を要望します。

 (財)骨髄移植推進財団全国大会in新潟2010.9.13
 昨夜、0時までにここを更新するのに間に合いませんでした。午後3時過ぎには、会場を出て、午後3時47分の上越新幹線に乗りました。午後6時に東京駅着で午後6時10分初の「のぞみ」に乗り換えでした。新山口に午後10時37分に着きました。およそ7時間です。くたびれました。
 今日は午前10時から議案についての質疑です。9月議会に提出されている議案についての質問を行います。たまたま質問者は私一人です。私が昨日最終便に乗れなかったら、今朝帰ってくることになりました。本日は私一人のために議会が開かれるのですが、質問者がいないと困ったでしょうね。
 質問内容はとても重要だと思って質問するのですが、質問だけですから、それほど時間はかからないと思います。午前10時からです。

 午後から新潟へ行く2010.9.11
 昨日一般質問が終了しました。そのあと、磯部整形と岡野歯科に行き、夜6時から、執行部4人と意見交換会をやりました。(市議は二人)
 今日は、午後12時25分山口宇部空港発の全日空で羽田行き、東京駅から新幹線で新潟に向います。明日、午前中骨髄移植推進財団地区普及広報委員研修会と、午後から骨髄移植推進財団の全国大会があります。明日の最終便の新幹線で帰ってきます。
 写真は、新潟市内を流れる信濃川です。

 神原会2010.9.9
 昼間は、9月議会一般質問の二日目です。
 夜、神原会が龍宮でありました。今回は、私が幹事です。神原会は3ヶ月に一度あります。

 議会一般質問の日2010.9.8
 今日は朝から夕方まで一般質問です。
 夜、かたばみライオンズクラブで、10月4日に行われる、6ライオンズ合同例会の出し物の練習をしました。フラダンスです。
 写真は、阿蘇山の火口です。

 台風接近2010.9.7
 今日は休会日です。今から、北九州市の新日鉄高炉セメント工場に工事完了検査があるので行きます。台風が近づいているので、どうなるかわかりません。
 帰ってから、議案に対する質問を書きました。締め切りは午後4時半まででしたが提出できました。
 夜、宇部かたばみラインズクラブ例会でした。

 今日から9月議会2010.9.6
 今日から9月議会です。今日は議案の提出説明などがあります。

 公約が経済復活とかけ離れている。2010.9.5
 昨日、新宿で民主党代表候補二人の街頭演説があったようですが、菅総理の「一に雇用、二に雇用、三に雇用」と言われたのには驚きました。「雇用を安定させて経済を復活させる」と、言われるのですが、全く逆だと思います。経済が復活しなければ、雇用の拡大はありません。
 円高が今のように進行すれば、日本の企業の生産拠点はどんどん海外に逃げていくでしょう。大企業が、海外に逃げれば中小零細企業もなくなります。雇用が先に回復するなんてあり得ません。
 株式市場が低迷すれば、銀行や企業の含み資産が目減りして、銀行は貸し渋りに走るだろうし、金余り現象が起きたとしても、お金は設備投資には回らず国債などにお金が回ります。結果的に労働者にもお金が回らず、デフレも止まることはないでしょう。
 民主党は労働組合が支持母体だから、民主党代表選挙だけのリップサービスで、実際の政治は違うことを祈ります。
 民主党代表選挙はどちらが勝っても、しばらく景気が回復しないということだけはよくわかりました。

 菅総理の経済対策2010.9.4
 昨日は、小沢一郎のことをぼろくそに書きましたが、菅総理の方もぱっとしません。
 円高株安対策を聞かれても、それには答えず、デフレ対策や失業者対策に話題を変えてしまいます。確かに、アメリカがドル安容認なら、日本独自で解決できる妙案は難しいのかもしれませんが、政府が何か行動するという姿勢は大事でしょう。何もしない内閣という印象はぬぐえません。菅総理では、口では「元気な日本を復活させる」ですが、経済には全く鈍感な内閣と言えるのではないでしょうか。市場が全く無視している状況で、日本経済の復活など、夢のような話です。このままでは、どんどん日本企業が海外に逃げていくのを加速するでしょう。日本経済の弱体化です。
 つまり、民主党代表がどちらになっても、日本の危機的状況が解決するとは思えません。どちらが勝っても民主党が分裂し、政界再編の総選挙に向うのなら、混迷の後にまだ希望があるかもしれません。

 9月なのに2010.9.3
 毎日厳しい残暑が続いています。連日最高気温が36度だそうで、とても9月だとは思えません。
 今日は午後、市役所の会派控え室で清志会の会議がありました。
 民主党代表選挙でも連日熱い報道が続いています。その中で小沢一郎の、検察審査会への批判が気になります。総理になろうとする人が、民間人の検察監視システムを否定していいのでしょうか。この国は中国や北朝鮮のように独裁国家を目指すのでしょうか。
 また被疑者である自分が「私は潔白だ」と言うだけで、「自身の潔白は説明している」「国民への説明責任は果している」という理屈も理解できません。自分の秘書が何人も逮捕されているのに、「自分は無実の説明をしている。検察は不起訴だった。検察審査会はおかしい。」でいいのでしょうか。そういう人が総理候補です。
 それともうひとつ、小沢一郎の民主党公約実行財源の根拠に、「無利子国債の発行」というのがあります。これは、国債が無利子の代わりに相続税を免除するというもので、究極の金持ち優遇政策と言われ、これまでも何度も案が上がっても消えていった政策です。
 また小沢に言わせれば、沖縄駐留の米軍海兵隊は不要だとか。グアムに移転準備している海兵隊は後方支援部隊で、前線部隊ではありません。海兵隊の数も2千人ではなく1万3千人です。過去にも、米軍は第七艦隊だけあれば足りるとか、全く根拠のない発言がありました。
 どうも小沢一郎という人物は、政治家ではなく政治屋のような気がします。立派なことを言っているようで、行き当たりばったりの素人だましの発言が目に付きます。

 全国縦断講演会2010.9.2
 午後2時〜3時45分まで、下関市の海峡メッセで櫻井よしこさんの講演会がありました。主催は、産経新聞社です。約1500人の聴衆が事前に葉書で申し込みをして集まりました。とてもいい話が聞けました。
 写真撮影が禁止されていたので、講演中は撮影ができませんでした。写真は、終わった直後です。

 明日、下関市で桜井よしこさんの講演会2010.9.1
『週刊ダイヤモンド』   2010年8月14・21日合併号
新世紀の風をおこす オピニオン縦横無尽 850

 1944年12月16日、レイテ島西方海域で河野宗爾陸軍伍長は戦死した。僧職にあった23歳のこの若者は、こんなふうに遺書を書き出している。

 「御面会も出来ず、出発すること、何だか淋しい気持ちです」
だがすぐに気を取り直して、「ニッコリ笑って戦友に見送られて行きます」と筆を継いだ。
戦地に向かう青年はさらに綴る。
 「生還を期せずして出て征くにあたり、心から今までの御高恩を謝し、母上四十年間のご苦労に何等お報ひ出来なかつた事を深くお詫び申上げます。
 今お別れするに当り唯一の頼みは、どうか長生きせられて、私の遺骨はお母さんの胸に抱かれて無言の凱旋をすることが、私の願ひであります。決して生きて還ると言ふ様なことは思つて下さいますな。それ程今の日本は急迫してゐるのです」

 海軍軍属の石田正夫氏も44年8月8日、グアム島で戦死した。37歳の氏は、わが子の夢を見て、子どもに「強く生きてほしい」と書き残した。内地の様子がわからないなかで、彼は自分の気持ちをこう書いた。

 「毎日、情勢の急迫を申し渡されるばかり。自分達はすでに死を覚悟して来てゐる。万策つきれば、いさぎよく死なう。
 本月の○日頃が、また危険との事である。若し玉砕してその事によつて祖国の人達が少しでも生を楽しむ事が出来れば、母国の国威が少しでも強く輝く事が出来ればと切に祈るのみ。
遠い祖国の若き男よ、強く逞しく朗らかであれ。なつかしい遠い母国の若き女達よ、清く美しく健康であれ」。

 あるいは45年5月11日、南西諸島方面で戦死した特攻隊の海軍少佐、西田高光氏は「総ての人よさらば、後を頼む」と絶筆を残した。23歳の匂い立つ若き命だった。

 このようにして、幾百万の人びとが戦死した。苦しい戦いのなか、あるいは極限状況の下、彼らを支えたのは家族と祖国への哀切なる愛と責任感だった。遺骨となって母の胸に還(かえ)りたいと望みつつ、後に続く人びとに後事を託しつつ、命に代えて彼らが守ろうとしたのはまぎれもなく、祖国であり、祖国に抱かれるすべての同朋だった。

 けれど今、私たちはこうした先人の思いを受けるに足る日本人だろうか。

 河野伍長や西田少佐と同年の23歳の下村早苗容疑者は、3歳と1歳の子どもを放置して死なせた。金色の髪とパッチリした目で写真に収まる彼女は遊ぶ時間が欲しくて子どもを放置した、遊び場はホストクラブだと供述した。収入は風俗店で働いて得たそうだ。

 子どもの背中にライター用の油をかけ、火をつけて大やけどを負わせた父親、倉岡稔容疑者は、42歳で無職だった。連行される姿の、輝く金色に染めた髪とネックレスが印象に残る。

 他方、足立区では、111歳で日本一の長寿男性のはずの加藤宗現さんが約30年も前に死亡していたと判明した。しかも加藤さんの家族は白骨化したご遺体を放置し、家族が管理する通帳からは年金が引き出されていた。

 杉並区では、これまた都内最高齢の113歳のはずの古谷ふささんが、四半世紀も前から消息不明であることが判明した。80歳近い長女の下には弟妹がいる。しかし、彼らはこの四半世紀、互いに、母であるふささんについて語り合ったことはないそうだ。

 どう考えても、私たちの時代のこの日本は狂っている。戦後教育は完全に失敗し、私たちはどこかで生き方を間違えたのだ。今の日本人に必要なのは、一にも二にも、基本的な道徳倫理である。日教組や社民党に引きずられ、日本のよき伝統であった道徳や倫理を蔑ろにする教育を根本から改める必要がある。個人の権利と自由は十二分に強調されてきた。今は、家族をはじめ他者への思いを育む人間教育へと、価値観の一大転換を目指すべきだ。


 菅総理と小沢前幹事長の全面対決2010.9.1
 表題のとおりです。どっちが勝っても民主党は分裂の危機を迎えています。挙党態勢がとれるとしたら、小沢が代表になっても総理は菅のままという方法があります。しかし、組閣は党の小沢代表が全部やることになるでしょうから、菅総理は受け入れられないでしょう。そういう(小沢一郎の影響力を受ける)案を拒否したから、全面対決になったのだと思います。
 「政治と金の問題の)責任をとって(幹事長を)辞めた方は、一定期間静かにしているのは当然だ」という理屈には正義があるように思います。それが、菅を支持するグループの旗印でしょう。
 民主党の党内抗争の間に、日本経済は窮地に向っています。この国は本当に運が悪い。

 一般質問2010.8.31
 9月議会の一般質問の通告締め切りは昨日まででした。今回質問に立つ予定でしたが、追突事故の後遺症で体調が万全でないため、今回は残念ながら取り止めました。頭がまだ重いのです。ぎりぎり回復が間に合いませんでした。その分、都市建設委員会や平成22年度の決算委員会で頑張りたいと思います。
 国政に目を向けてみますと、今日菅総理は小沢一郎と会談するそうです。どうなるか関心があります。いずれにしても、民主党は国民世論とかけ離れた方向を歩んでいるようで、分裂に向うのではないかと読んでいます。党内が分裂状態になったからこそ、「挙党態勢」という言葉が何度も出てくるのではないでしょうか。

 昨日の日曜日は2010.8.30
 昨日午前8時半から、東部体育広場で市内ソフトボール大会がありました。9時過ぎに中央公園コートに移動して、9時半からの体育協会杯ソフトテニス大会開会式で挨拶したあと、10時からマンション管理組合の臨時総会に出席しました。
(写真)は、市内ソフトボール大会の開会式です。
 午後は、ホテル河長で、岡村精二県会議員の後援会幹事会でした。それが終わると、来月6日からの9月議会へ向けての勉強でした。市から平成21年度決算書の概要が送られてきました。

 2010.8.28
 午後は、骨髄バンクを支援する山口の会の会議です。11月に設立20周年記念シンポジウムをやります。夜はある自治会の会合に出ます。

 病院めぐりの一日2010.8.27
 午前11時から定期検診で宇部興産中央病院でした。その前に磯部整形外科にも行ききました。夕方は歯科。まるで病院めぐりの一日でした。
 9月議会が9月6日から始まります。昨夜、清志会の会派(杉山、河崎、猶)で話し合いました。今回は私が質問に立ちます。会派で私だけだったら質問時間は60分の予定です。
 写真は、先日の神原ナイトウォーキングですが、宇部線東新川駅で新山口行き最終電車を待っているところです。

 小沢一郎が代表選に出馬2010.8.26
 世論調査では、5人に4人が「小沢一郎は民主党代表選挙に出るべきではない」と思っているのに、民主党内ではそうではないようです。代表選挙に出るべきではないと思う理由は、「政治と金の問題で起訴される可能性があるからふさわしくない」としているもので、真っ当だと思います。
 テレビで民主党の議員の発言を聞いていると、新人議員も含めて、「誰だれがこう言っている」という発言が多く、「自分はこう思う」という意見がほとんどありません。
 ある新人議員が、菅総理からの新人議員との意見交換会に出席しなかった理由を「総理は円高対策などが早急の職務であろうから、新人議員との意見交換は意味がない。党の代表から呼ばれたのなら出たけれど、総理の立場での意見交換会ならば出るつもりはなかった」と答えたのには驚きました。民主党の新人議員だけれど、「国会議員としての仕事はできない」と言ったようなものです。たとえ新人でも、総理から意見交換を求められたら、「代表選挙の話ではなく、今は経済と円高対策を急ぐべきだ」と自分の意見を出せるチャンスではなかったでしょうか。そのチャンスを堂々否定したのに驚きました。
 何のために、国民は民主党の議員を増やしたのでしょうか。民主党のためでしょうか。国民のためというのはどこへいったのでしょうか。

 円高対策より党代表問題が優先?2010.8.25
 1ドル84円台をつけました。輸出に頼る日本経済は、円高による影響が大きく、国内の景気を一気に冷え込ませる恐れがあります。逆にアメリカはドル安容認で、ドル安による輸出景気回復を望んでいるようです。
 政府には緊急円高対策が望まれますが、今の政府は全くの無策だそうで、すでに手遅れだという指摘もあります。菅総理が記者会見を受けても、頭の中は、「小沢一郎が代表選に出るかでないか」であって、関心事は党内にあるように見えます。すでに「円高を注視する」ではなく「具体的な対策」が求められます。株式市場などは、現政権を完全に見放しているとも言われています。
 国民の為の政治と口では言いながら、これまでの政治を見た限り、党内の都合が優先しているように思えます。まるで一党独裁政治をやっている国と変わりません。小沢一郎が総理になったところで、何が変わるのでしょうか。

 写真は、先週の「神原ナイトウォーキング」で、夜9時過ぎにJR東新川駅で新山口行きの切符を買っている様子です。

 産経新聞8・22より2010.8.23
 「菅談話」によってまた、亡霊が動き出した。現在進行形だから生霊というべきか。多くの国民が知らないまま、長年、巨額の血税がつぎ込まれてきた、「サハリン残留韓国人問題」への“デタラメ人道支援”のことである。

 韓国・ソウルから南へ電車で約1時間の安山市に、サハリンから韓国への帰国者用の住居として日本が約27億円を拠出して建てたマンション群がある。2LDK、バス、トイレ付き。韓国語が読めないサハリン生まれの2世が多いから、ロシア語の掲示板は至る所にあるが、日本の支援に感謝する記念碑などは見当たらない。

 住民に話を聞いてみると、しょっちゅう里帰りする(彼らのサハリン−韓国の往復渡航費も、滞在費も日本持ちだ)ためか、家財道具がまるでなく、“別荘代わり”に使っているとしか思えない人、関係のない一族郎党を堂々と住まわせている人。驚くべきことに戦後、北朝鮮や旧ソ連からサハリンへ移ってきた人(当然、日本とは何の関係もない)まで住んでいるという。

 日本の支援はこれだけではない。療養院をはじめ、引き続きサハリン在住を希望する人たち用の文化センターの建設費。果てはヘルパー代や光熱費の支援まで。3年前には、「まだ帰国を希望する同胞が3千人以上もサハリンに残っている」とゴネられ、民間マンションの借り上げ代などとして約3億円の追加支援を余儀なくされた。

 この問題で日本政府は「法的責任はない」と言い続けてきた。ところが、戦後30年もたって大ウソのプロパガンダをわめき立てる輩(やから)が出てくる。「日本は4万3千人もの朝鮮半島出身者をサハリンへ『強制連行』し、戦後は彼らだけを『置き去り』にしたんだ」と。日本人がそう言うのだから韓国側が飛びつかないはずがない。

 まあ、日本もアジアの大国だ。一万歩譲って「人道支援」はヨシとしてもいいが、それはもう“十分すぎるほど”やった。戦後65年、本当に故郷へ帰りたかった当事は、もうほとんどいない。日本とほとんど関係のないサハリン生まれの2世、3世のために、人道支援が続けられているのだ。

 夫の朴魯学さんとともに帰還運動に取り組んだ堀江和子さん(ともに故人)が憤然として言ったことがある。「本当に帰りたかった1世のときは助けてくれなかったのに、なぜ関係のない人にお金を出すのか」と。

 手話講座2010.8.22
 午前中、宇部市総合福祉会館で「中途難聴者の手話講座」にでました。二回目です。
健康な人が手話を覚えるのも楽しいかもしれません。手話だけで会話できると暗号みたいです。手話は、ろうあ者同士の会話と限りません。健康な人が手話を理解していないと、ろうあ者の世界が広がることはありません。私はこの運命からいろんなことを学んでいます。
 写真は、昨夜の万倉ふれあいセンターで行われた盆踊り前のマジックショーです。

 神原ナイトウォーク2010.8.21
 今日は、ゴルフコンペの日でしたが、まだ首を振るかもしれない運動はできないので欠席です。
 夜6時からは、万倉の盆踊り大会に行きました。午後8時半には、神原ふれあいセンターに戻り、神原ナイトウォークの出発を見送りました。約100人の子供と大人の参加でした。10時36分東新川駅発の電車で新山口駅まで行き、そこから宇部まで徹夜で歩いて戻ります。私は歩きませんが、ただの見送りです。
 写真は、西長門リゾートを海側から見ました。
 テレビのニュースで、遊園地の「びしょぬれローラーコースターが大盛況」がありました。途中で何箇所もシャワーのように水をぶっかけるのが、意外にも好評だそうです。常盤公園でもやってみるとおもしろいかも。

 全国中学校ソフトテニス選手権大会2010.8.20
 全国中学校ソフトテニス選手権大会が、中央公園コートで24日まで行われています。
 日中、市役所やガス水道局へ行きいろいろ意見交換してきました。

 若経OB会2010.8.19
 今晩、全日空ホテルで「若き経営者の会」の現役とOBの合同例会がありましたが、行ってみるとOBだけでした。現役会員は、同じ日に例会があったそうです。

 第11回山口県市議会議員研修会2010.8.18
 山口市民会館で、山口県市議会議員研修会があります。宇部市議会議員全員が、宇部市役所からバスで向います。午前10時15分から午後2時半までです。自治会などで行われる研修会と違って、食事会などは一切ありません。
 午前中は「議会基本条例を中心とした議会改革」講師 全国市議会議長会法制参事 廣瀬和彦 先生
 午後は「二元代表制と議会改革」講師 東京大学名誉教授 大森 先生です。

 同窓会2010.8.17
 15日夜は宇部全日空ホテル国際会議場で、かたばみ会総会(宇部高同窓会)がありました。(写真)
 昭和49年度卒まではイスが用意されていましたが、ぎりぎり私の卒業年度の50年卒からはテーブルだけです。約700人が参加されました。今年の幹事は、平成元年度卒でした。私は14年前の幹事で実行委員長をやりました。
 昨夜は、宇部港三漁協組合の慰霊祭が地方卸売り市場でありました。

 神原納涼会2010.8.13
 昨夜は、ホテル河長で神原校区の納涼会がありました。47人が参加しました。
 会社は、明日から盆休みです。今日は午前中出勤して午後から萩へ行きます。知人のヨットを宇部まで帆走します。3人が乗り込むことになっています。
 パソコンのない環境では、ツイッターに書き込んでいますのでそれも見てください。このHOMEのページからアクセスできます。

 未確認飛行物体2010.8.11
 今晩、宇部ソフトテニス連盟の三役会(会長、副会長、理事長)が全日空ホテルであります。
 写真は、先日撮ったものですが、宇部港方面から中央公園コート方面へ飛行してきた、ハングライダー(?)です。着陸地点を探しているように見えました。写真であらためて見ると、熱気球のようにも見えます。

 藤田前市長の勲章受賞祝賀会2010.8.10
 夜、前宇部市長の藤田忠夫氏の勲章受賞祝賀会が、ホテル河長でありました。市議会議員22人だけとの祝賀会です。
  毎日11時頃から午後2時まで、整形外科に通院しています。車の方が先に治りました。

 手話を学ぶ2010.8.9
 昨日、「中途失聴・難聴者の手話講座」が、宇部総合福祉会館であったので参加しました。10月まで合計6回の講座です。
 4月に左耳が、突発性難聴で聞こえなくなり、右側も補聴器でなんとか聞こえているのですが、両方聞こえなくなったら困るという意味で、今のうちに手話を学ぼうという気持ちになりました。
 実は、そこで感じたのですが、健康な人が手話を覚えないと、聞こえない人同士の会話しか手話が役に立ちません。普段の生活でも手話がとても大事だと感じた次第です。
 私が、「片方の耳が聞こえない。」とか、「難聴で・・」と誰かに話すことが増えました。ところが、「私もです」という返事が多いことに驚きました。身近なところに、多くの難聴者や「突発性難聴」の人がおられます。
 自分の辛い経験を、これから生かしていこうと思います。

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